Bizlink Story

弱い僕が、
強くなると誓った日

The Day I Vowed to Become Strong

株式会社ビズリンク 代表取締役CEO 姜 大成
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Prologue
なぜ起業したのか——
答えは、ひとつの誓いにある。
Chapter 01
他人軸の中で育った僕

東京・江東区の下町で生まれた。ごくありふれた、でも温かい家庭だった。

目立つことが怖かった。失敗して、笑われることが——とにかく怖かった。

失敗するくらいなら、最初からやらない。——それが幼い頃の、僕のやり方だった。

Chapter 02
中学3年の冬。僕は突然、立てなくなった。

最初は「気のせいだ」と思った。でも足は動かなかった。その日を境に、学校へ行けなくなった。

診断名すら、はっきりしなかった。「治るかどうか、わからない」——その言葉だけが、頭の中でずっと繰り返された。

毎晩泣いた。なぜ自分が。なぜ今——そんな問いに、誰も答えてくれなかった。
同じ年の仲間たちは、当たり前のように学校へ行き、走り、未来の話をしていた。でも僕には、その当たり前が突然なくなった。機会は、最初から平等なんかじゃない——その現実を、身体で思い知った。

病院のベッドで、3ヶ月間——天井だけを見上げた。
足が動かない。手すりなしでは立てない。一人でトイレにも行けない日が続いた。
そんな僕に、母は「家をバリアフリーにすればいい」と、当たり前のように言ってくれた。その優しさが、どれほどありがたかったか。
でも同時に思った。僕の見えないところで、母はどれだけ泣いて、どれだけ不安を飲み込んでくれていたのだろう。
「歩く」という当たり前の動作が、どれほど奇跡的なことだったのか——失って、初めて知った。

治るはずがないと思っていた身体が、少しずつ動き始めた。歩ける。立てる。自分の足で外に出られる。
五体満足でいられることは当たり前じゃない——その感覚は、この先の人生の根っこに残り続けた。

Chapter 03
命は、自分だけのものではない。

病気から回復した反動か、自分でも説明できない荒れ方をしていた。死ぬのが怖くなくなっていた、あの頃の僕は。

パトカーに気づいた友人がパニックになり、交差点でワゴン車に突っ込んだ。

友人は——大丈夫なのか。あいつも血だらけで倒れていた。あの場に、僕が一緒にいたから——
父に、何と言えばいい。怒鳴られる。もう信じてもらえないかもしれない。
——でも、一番怖かったのは、失望させてしまうことだった。

怒鳴られる覚悟をしていた。でも父は静かに、ただそれだけを言った。その一言が、長い時間をかけて、僕の中に染み込んでいった。

Chapter 04
守られる側から、守る側へ。

大学4年の秋だった。就職も決まり、社会に出る準備をしていた矢先——世界を一変させる出来事が、突然やってきた。

リーマンショックを境に、父の会社は少しずつ傾いていった。売上が落ち、取引先が離れ、気づけば手の施しようがなくなっていた。

督促状が届くようになった。見知らぬ人間が、家の玄関先に立つようになった。日常が、静かに、音を立てずに崩れていった。

生まれて初めて、父の背中が小さく見えた。ずっと守ってくれていた人が、床に頭をつけていた。

悔しかった。何もできない自分が、情けなかった。——このまま終わるわけには、いかない。

力をつける。いつか必ず、守れる人間になる。——それだけが、あの夜の答えだった。

退去まで残された時間は、わずか1ヶ月。収入もなく、家族5人が引っ越すためのお金も足りない。僕たちは、その現実を直視するために、家族会議を開いた。

家族会議で、母が静かに話してくれた。これからしばらく収入は入ってこないこと。母が少しずつ貯めてきたお金で、どうにか引っ越しと新しい家の家賃、生活費を捻出しようとしていること。
胸が締めつけられた。申し訳なかった。だからこそ思った。僕一人が先に出れば、その分だけ家族の負担は減る。いつまでも末っ子として甘えているわけにはいかない。必ず、僕がみんなを救ってみせる。

Chapter 05
退路を断つために、一人で出た。

姉は泣きながら、「寂しい」と言った。その一言が、胸に突き刺さった。母と姉の顔を見たら、決意が揺らいでしまいそうで、僕は振り返ることができなかった。
泣きながら家を出た。家族を救える人間になる——その覚悟だけを握りしめて、玄関の扉を閉めた。

荷物はバッグひとつ。四畳半の部屋に一人で立った。——寂しくなかったといえば、嘘になる。でも、この孤独が、自分を追い込む唯一の武器だと思った。

インテリジェンス(現パーソルキャリア)に入社した。配属されたのは、社内ベンチャーの立ち上げ期。整った道ではなく、自分で道を切り開く場所だった。

想像以上に、そこには教育もマニュアルもなかった。誰かが正解を教えてくれる場所ではない。自ら動き、失敗し、学び、会得していくしかなかった。
最初からうまくいったわけじゃない。断られ、空振りし、悔しさを飲み込む日が続いた。それでも、家族を救うと決めた以上、止まる選択肢はなかった。

朝早くから深夜まで働いた。電話をかけ続け、飛び込み続け、提案し続けた。
何より、ここにいる誰よりも、自分の覚悟だけは違うという自負があった。背負っているものの重さが、闘争心に火をつけてくれた。言い訳する暇も、立ち止まる暇も——なかった。

何度も失敗して、それでもやり続けた結果、少しずつ成果が出始めた。そしてある日——自分の名前が、一番上に呼ばれた。努力は、裏切らなかった。

その後、最年少で幹部に選ばれた。役割は、営業だけでは終わらなかった。採用、育成、マネジメント、事業計画——会社を立ち上げ、成長させていく過程を、当事者として学ぶことになった。
数字をつくるだけではなく、仲間を集め、組織をつくり、事業を前に進める。会社は、こうやって創られていくのか。その感覚が、少しずつ自分の中に積み上がっていった。

入社して3年が過ぎた時、トップ営業の功績が、エース研修へのチケットになった。ベトナム・ホーチミン。現地の熱量に、圧倒された。同い年くらいの若者が、目を輝かせて自分の事業を語っていた。

トップ営業として認められ、周囲から期待される環境に、いつしか居心地のよさを感じていた。家族を救うという、あの日の大きな誓いを、どこかで置き去りにしていたのかもしれない。
ベトナムで芽生えたのは、「できるかもしれない」という軽い期待ではなかった。あの誓いを、実行に移す日が来たのだと思った。起業すれば、肩書きも安定も給料もなくなる。何もかも失うかもしれない。その恐怖は確かにあった。けれど、それを越えてでも挑む覚悟が、胸の奥で沸々と湧き上がっていた。帰ったら、起業する。そう決めた。

Chapter 06
ついに、挑戦が始まった。

机が一つ。パソコンが一つ。仲間はいない。でも壁には、でかい字で書いてあった。「1兆円の事業を創る。」

名もない会社の名刺では、誰も見向きもしてくれなかった。話を聞いてもらう前に断られ、信用してもらうことの難しさを思い知った。
それでも次の会社へ、また次の会社へと漕ぎ続けた。

創業から1週間。深夜、Facebookで「姜」という苗字の経営者を見つけた。どんな小さな縁でも、少しでもプラスになる可能性があるなら、とことん活用すると決めていた。
縁を感じ、迷わずメッセージを送った。

初回商談の日、僕は提案書と契約書を鞄に入れて向かった。話し終えると、その場で「契約しましょう」と言っていただいた。創業して初めての契約だった。

帰り道、全身の力が抜けた。たった一件。でも僕にとっては、会社が本当に動き始めた証だった。空が、やけに広く見えた。

Chapter 07
成長の裏で、足元が崩れ始めていた。

売上が伸びたことで、僕は「会社が大きくなった」と錯覚した。けれど本当は、足元の組織も、資金繰りも、まだ何も強くなっていなかった。

自分では一生懸命やっているつもりだった。けれど、現場の違和感にも、数字の変化にも、向き合い切れていなかった。
新規事業として始めたバーの固定費、採用費、外注費、毎月の支払い。売上は少しずつ落ち、資金繰りは日に日に苦しくなっていった。

小さな違和感は、やがて組織全体に広がっていった。仲間が一人、また一人と離れていく。残ったメンバーにも、不安は伝わっていた。
そしてついに、給与さえ払えない現実を突きつけられた。毎日、口座残高を確認するたびに数字が削られていく。画面を閉じても、その数字だけが頭から離れなかった。怖かった。動かなければならないのに、恐怖で身体が固まり、次の一手が打てなくなっていた。
これは単なる失敗ではない。信頼を失うだけでは済まない。倒産も、自己破産も、本気で考えなければならない——人生最大の危機なのだと痛感した。

そんな時、母から電話がかかってきた。会社の状況なんて、何も知らない。ただいつものように、「元気?ちゃんとご飯食べてる?」と、僕の体を心配してくれた。
そのシンプルな一言で、はっと我に返った。僕は何をしているんだ——そう思った。

恐怖から目を背ける日々は、もう終わりにしようと思った。通帳を見ることすら怖かった。でも、ここで恐怖に負けるわけにはいかない。逃げずに向き合い、正面から戦う——そう決めた。

この頃から、再起は僕一人のものではなくなっていった。必要だったのは、ただ人を増やすことではない。同じ未来を信じ、苦しい局面でも一緒に踏ん張れる仲間だった。
僕は売上目標よりも先に、ビズリンクが何のために存在するのかを語った。その言葉に本気で向き合ってくれる仲間が集まり、会社はもう一度、チームとして走り出した。

バーを閉め、コストを削り、仲間を集め直した。資金調達にも向き合い、少しずつ会社は成長軌道に戻っていった。社員も増え、ようやく前を向けるようになってきた——そんな時だった。

Chapter 08
母との別れ、喪失と再生の誓い

何を言っているか、聞き取れなかった。でも、尋常じゃないことが起きていると、本能でわかった。

三人で、何も言えなかった。手術室の赤いランプだけが、廊下を照らしていた。長い時間のあと、手術は無事に終わり、母の命はどうにか留まった。

でも、元の生活に戻れたわけではなかった。腸の機能が落ち、母はストーマをつけて生活することになった。さらに癌が見つかり、そこから長い闘病生活が始まった。

手術から約1年、母の闘病生活は続いた。病院で会うたび、母の身体は少しずつ痩せ、食べることも飲むことも満足にできない状態になっていった。
それでも母は、会うたびに同じことを言った。何度も、何度も。

父からの電話は、母が危篤だという知らせだった。頭の中で、最悪の想像と「まだ間に合うはずだ」という願いが何度もぶつかった。
急いでくれ、と何度も言った。冷静でいようとするほど、手は震えた。ただ、無事でいてほしかった。もう一度だけでいいから、母の声を聞きたかった。

享年68歳。誰に対しても分け隔てなく優しく、いつも明るく、愛に溢れていた母は、この世からいなくなってしまった。
当たり前のように聞いていた声も、笑顔も、手の温もりも——もう戻ってこない。その現実だけが、胸の奥に重く沈んでいった。

母を失ってからの数ヶ月、僕の時間だけが止まっていた。けれど会社では、社員たちが今日も顧客に向き合い、仲間を支え、目の前の仕事を前に進めていた。
その姿を見て、胸の奥で小さな問いが生まれた。——僕は、何をしているんだ。

母を失い、人生の目的まで見失っていた。仕事に全身全霊をかけてきた。その選択が、母との時間を奪ったのではないか——そう思うほど、自分が嫌になった。
それでも、信じてついてきてくれる仲間、待ち望んでくれるお客様、成長を期待してくれる株主がいた。この人たちのために、もっと強くなる。心から、そう思えるようになっていった。

悲しみが消えたわけではなかった。ただ、背負うものが変わった。母が願ってくれた「大いなる人になる」という名前の意味。信じてくれる仲間、顧客、株主の未来。
もう一度、現場に戻る。逃げずに向き合う。そう決めた瞬間から、止まっていた会社の時間が再び動き出した。

能力があっても、正しく届かなければ、価値は買い叩かれる。営業力、情報、商流——その差が、人の可能性を閉ざしていた。僕はその現実を、家族の痛みとしても、目の前の仕事としても見てきた。

エンジニア不足、多重下請け、届かない報酬、進まないDX。日本の成長を止めているのは、個人の努力不足ではなく、仕組みそのものの歪みでもあった。

“はたらく”選択肢が閉ざされれば、人は挑戦する前に諦めてしまう。だからこそ、仕組みを変え、価値観を変え、人々の可能性を最大限に引き出す会社でありたいと思った。

採用、営業、組織づくり、資金調達。壁は何度も現れた。そのたびに仕組みを変え、価値観を磨き、仲間と一つずつ乗り越えていった。
挑戦は、痛みを伴った。けれど挑戦の先に成長があり、成長の先に、社員、顧客、社会へ返せる豊かさがある。その実感が、ビズリンクを少しずつ強くしていった。

そして今も、僕の中には変わらない原点がある。弱かった自分が、強くなると誓った日。家族を守ると決めた日。社員を守り抜くと決めた日。
すべては、あの日の覚悟から始まっている。

Epilogue
あの日の誓いは、
会社の存在意義へ変わっていった。
弱かった僕が、強くなると誓った日。家族を守ると決めた日。社員を守り抜くと決めた日。
そのすべては、やがて一つの問いに変わった。人は、もっと自分の可能性を信じていい。けれど、その可能性を閉ざしている仕組みがある。
情報の差、商流の歪み、機会の不平等。努力だけでは越えられない壁が、人の挑戦を止めてしまう。だからこそ、ビズリンクはその壁に向き合い続ける。
仕組みを変え、価値観を変え、
人々の可能性を最大限に引き出す。
未来の“はたらく”あたりまえをつくる。挑戦が、成長を生み、成長が、物心両面の豊かさへつながっていく。
それが、僕たちのPMVVであり、未来に誇れる社会を創るための約束である。
—   F   I   N   —
PURPOSE
未来に誇れる社会を創る
株式会社ビズリンク
PURPOSE
未来に誇れる社会を創る
MISSION
仕組みを変え、価値観を変え、
人々の可能性を最大限に引き出す
VISION
未来の"はたらく"あたりまえをつくる
VALUES
挑戦 × 成長 = 豊かさ
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